鍛冶屋の「エンターテインメント集団」が目指す動画活用
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日本が世界に誇る鉄の伝統工芸品、日本刀。「組織としての鍛冶屋」を目指す淺野鍛冶屋が、その伝統の技を動画で発信しています。注目すべきは、そのエンタメ性の高さ。刀鍛冶直伝の刀づくり講座から、人気漫画に出てくる日本刀を本気で作刀するなど、ファンにはたまらない動画の数々。そんな刀鍛冶の魅力が詰まった動画制作の裏側を、淺野鍛冶屋 鍛冶助手の坂谷朋美さんに聞きました。
鍛冶(かじ)の語源は「金打ち」(かねうち)。その言葉の通り、日本刀などを作るために、鉄(金属)を熱して鍛えながら成形することを鍛治、日本刀を鍛える職人のことを「刀鍛冶」(かたなかじ)という。刀鍛冶に限らず、鉄製品を扱い鍛冶を生業にしている職人やお店のことを総称して「鍛冶屋」と呼ぶ。また、淺野の役職である「横座」とは「鍛冶屋の主人」を示す。日本刀を叩いていく鍛錬の際に火の前に立つ人を横座、その前で大鎚を振る人を先手という。鍛錬は横座の判断と指示により進められるため、積み重ねられた経験に基づく正確な判断が求められる。
人気の秘密は「斬れる喜び」を伝えるデモンストレーション動画
編集部(以下、−−) YouTubeチャンネル『ASANO KAJIYA Studio』は、日本刀の強度を試す「荒試し」企画や、刀鍛冶直伝の刀の作り方講座など、その歴史から理論、具体的なやり方まで、淺野鍛冶屋の横座(鍛冶場の代表の意)である淺野太郎さんが丁寧に解説する人気の動画です。また、『鬼滅の刃』や『るろうに剣心』といった超人気漫画の作中に出てくる日本刀を、本気で作刀する企画は注目度も高く、再生回数を伸ばしています。作刀の過程を見せるだけにとどまらず着実にコアなファンを集めています。
坂谷さん(以下、敬称略) ありがとうございます。淺野鍛冶屋が目指すのは、感動的なデモンストレーションや、切れる喜びを軸に据えた『エンターテインメント集団』です。それを伝えるための最適な手段が動画でした。
−− 2018年に動画活用を始められ、2020年に本格化されています。当時はどのような背景があったのでしょうか。
坂谷 2018年にYouTubeも流行り出した頃、海外では鍛治ブームが起こっていました。まだあまり動画を活用している同業者もいなかったので、淺野鍛冶屋が先行してYouTubeで情報発信しようということになりました。ただ、日々の仕事が忙しいことを理由に、なかなか腰を据えて続けられなかったんです。そんな時にコロナ禍になり、人の出入りが激減し時間に余裕ができたので、これまで後回しにしていた動画制作を本気で取り組むようになりました。まだまだ試行錯誤ですが、視聴者の方からの温かい応援や理解の声に日々、励まされています。
−− 『ASANO KAJIYA Studio』の動画はシリーズものが多いですね。
坂谷 おっしゃる通りです。一般的にYouTubeは10分前後の短い時間で完結する動画が好まれる傾向にあると思いますが、私たちはある一連の作業を細切れで紹介しています。例えば、漫画『鬼滅の刃』に出てくる上級剣士・伊黒小芭内(いぐろおばない)の刀を淺野が作刀するシリーズがあります。この日本刀は、波を打ったような個性的な形状をしています。作刀の過程を、企画段階から刀が完成するまで、さらには実際の試し斬りも含め全てを見せるシリーズもので、番外編を含めたら17本の動画があります。制作期間は3ヶ月ほど掛かっています。1本の動画の尺が15分前後ですから、全て見ようと思ったら凄い時間になってしまいますよね。
−− 視聴者の反響はいかがでした。
坂谷 多いものだと17万回再生されています。平均しても、約4万回くらいで驚きました。万人にウケるコンテンツではないかもしれませんが、結果として、私たちの目指すビジョンに共感し、理解してくれるファンを生む機会になったと思っています。また、単発の企画ではないため、コンスタントに動画を投稿できるのも、シリーズもののメリットかと思います。動画にかける時間や人材が限られているので、継続性を維持するにもシリーズものはおすすめです。
鍛冶のファンを獲得・拡大
−− 淺野鍛冶屋の動画は、視聴者が見たい知りたいエンターテインメントの切り口でありながら、刀鍛冶のものすごい技術、魂、工程を結果的に学べるようになっていますね。
坂谷 ありがとうございます。私たちがやりたい企画や伝えたいことももちろん大切にしていますが、同時に、視聴者に楽しんでもらえるか、感動してもらえるかを常に探求しています。おかげさまで、鍛治に興味がある人だけでなく、『鬼滅の刃』を筆頭に漫画のファンの方々にも鍛治の魅力を広く発信することができています。
−− どのように企画を練られているのでしょうか。
坂谷 企画の基本は、淺野が「やりたいこと/やりたかったこと」です。そして、全ての企画に共通しているのは、他の人がやっていないこと。エンターテイナーとして、「見ている人を驚かせたい」というのが根幹にあります。
−− 動画を制作する上で、大切にされていることはありますか?
坂谷 本気で取り組むこと。そして私たち自身が楽しむことです。刀鍛冶のかっこよさを知ってもらうことが動画の目的ですから、私たち当事者が本気で、熱量高く取り組まないことには、絶対に伝わりません。その熱量や空気感がそのまま視聴者に伝わるのが、動画の良いところだと思っています。
−− 動画活用による反響はいかがですか。
坂谷 これまでの問合せは、業者さんや営業がほとんどでしたが、動画のおかげで、個人のお客さまの問合せが増えました。また、淺野が作った鍛造包丁「棒樋(ボウヒ)」にYouTube経由で注文をいただくことも増えましたね。私たちが初めて取り組んだクラウドファンディングの『Happa』プロジェクトが達成できたのもYouTubeの力が大きかったです。本当にファンの方に支えられています。
鋼(はがね)ファーストの動画活用
−− 動画制作の体制も教えてください。
坂谷 動画制作に関する作業は基本私一人でやっています。ただ、鍛治の世界は「鋼(材料)にとって一番良い時に、一番適した作業」が基本です。それを前提にして人間が動くという「鋼(はがね)ファースト」。さらに、動画の企画に対して、淺野の熱量や本気度が整わないと作業には入らないので撮影もできません。一見、スケジュールが読めず大変そうに感じますが、いったん撮影がはじまると撮り溜めができるので、全体のスケジュールを見て編集作業をしている感じです。シリーズものだからこそ成し得る技かもしれません。
−− サブチャンネル『ASANO KAJIYA Radio』も運営されていますが、サブチャンネルの目的は何でしょうか。
坂谷 サブチャンネル『ASANO KAJIYA Radio』は、MCを私が務め、メインチャンネルにいただいたコメントや質問に淺野が答えるというトークチャンネルです。固定カメラ一台を回しっぱなしで、一切編集はしていません。コアなファンとのコミュニケーションの場として、サブチャンネルの活用はとてもおすすめです。しかも、編集不要なので労力も最小限で済み、更新頻度も高くなります。さらに、メインチャンネルだと遠慮するようなディープな内容も発信しているので、淺野自身も楽しみながらやっていますし、視聴者も喜んでくれています。これまで刀鍛冶と直接コミュニケーションが取れる場はありませんでしたが、サブチャンネルの運用を始めてからは、一般の方からの基本的な質問から、本職である刀鍛治からの専門的なものまで多くの質問が寄せられています。
−− 最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。
坂谷 動画の良いところは全てを見せることができることだと思います。私たちも、刀鍛治の仕事を全て見せたいと思い、日々取り組んでいます。刀鍛冶は、「修行が大変で辛い仕事」というイメージが根付いています。でも、それだけじゃありません。辛い部分も、かっこよさも、楽しさも全て見せて、鍛冶文化の継承、後継者の育成につなげたいと思っています。これからも頑張ります。
ASANOKAJIYA studio https://www.youtube.com/c/ASANOKAJIYAstudio/featured
淺野鍛冶屋Radio https://www.youtube.com/channel/UCM_E_L245-4jMc4BaFR-CAg
淺野鍛冶屋 公式HP http://asanokajiya.com/