わずか1年で累計再生回数900万回! 伝統産業を伝える 若き刃付け屋の挑戦
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世界に誇る大阪府堺市の伝統産業である庖丁。その鍛冶屋が作った生地を研ぎ、庖丁の形を完成させる「刃付け屋」という職人技をYouTubeで披露しているのは山脇刃物製作所で働く清水将矢さん。普段は見ることができない職人の仕事、そして職人の手元は、多くの「刃物ファン」を魅了しています。わずか1年で登録チャンネル数3.4万人、累計再生回数は900万回以上に。小規模事業者や中小企業でYouTubeを成功させるにはどうしたらいいのか。動画配信の当初の目的であった若手の採用に成功し、さらには自社のブランディングに取組む。また、業界の活性化にも貢献する若手の職人にYouTube活用術を聞きました。
600年の歴史を持つ「刃付け屋」という仕事
編集部(以下、ーー) 職人の手仕事でつくられる「打刃物」の代表ともいえる堺刃物は、600年の歴史を持つ大阪府堺市の伝統産業。昭和2年に創業した山脇刃物製作所は、本職用高級庖丁を主に、幅広い分野向けの庖丁の製造・販売を手掛けています。また、Made in Japanの庖丁は海外でも人気が高く、自社ブランド「郷右馬允義弘」は、海外からの注文が全体の約7割を占めています。この伝統の技術を職人から職人へ伝承し、匠の製品を世に生み出しているのです。
今回取材をした刃付け屋の清水さんは、元看護師という異色の経歴の持ち主。2016年、堺市の後継者育成事業で職人を募集していた山脇刃物製作所に応募し刃付け屋として採用されました。
清水さん(以下、敬称略) 堺の庖丁は製造工程に特徴があります。火造りや焼入れで包丁の生地をつくる鍛冶屋。それを研いで刃物をつける刃付け屋。各職人の調整を行いながら、柄付け・銘切の後、商品を卸す問屋の完全分業です。山脇刃物製作所は問屋でありながら、刃付けの工程も同時に担っていて、堺では珍しい存在です。刃付け屋は鍛冶屋が作った生地を研ぎ、庖丁の形を完成させます。刃を薄め、凹凸を限りなくゼロに近づける。それを磨くことで目を見張るような迫力と美しさを兼ね備えた道具に仕立てます。鍛冶屋が命を吹き込んだ庖丁の力を最大限に引き出すことが僕たち刃付け屋の使命です。
ーー 清水さんがYouTubeチャンネル『刃付け屋』を開設したきっかけはなんでしょうか。
清水 一番の目的は職人さんの採用でした。今、職人が足りてなくて、めちゃくちゃ忙しいんです。うちは問屋だけど、刃付け工場を持っていることも強みですし、兄弟子の工場長は業界トップレベルの職人です。研ぎ職人による研ぎや研磨の工程を経て、庖丁に鋭利な刃を付けていく様を動画にしたら、興味のある人に届くんじゃないかと思ったんです。こういう「凄腕動画」がYouTubeで人気なのは分かっていたので「もしかしたらイケるかも」くらいの気持ちでした。
ーー 清水さんがYouTubeチャンネルを立ち上げる前、刃付け屋の情報は無いに等しい状態だったと言います。
清水 そもそも刃付け屋の仕事がどんなものか、世の中に全く知られていないんですね。刃付け屋になりたくても、なるための情報はどこにもない。「庖丁」というカテゴリーに関しては、まだ目立って成功している人がいなかったことも、動画を始めるモチベーションになりました。「凄腕動画」の中でも、まだ未開拓の「庖丁研ぎ」がどこまで視聴者に受け入れられるかに賭けたんです。それで、工場を紹介する動画や、ボロボロに錆びた庖丁を美しく蘇らせる動画を上げることに。興味を持った人の中で、1人でも職人になりたいと思ってくれたら良いなと思ったんです。
ーー 清水さんの思惑通り、YouTube『刃付け屋』を見て刃付け屋に興味を持ち、3月に高校を卒業した若者が4月から山脇刃物製作所に入社しました。未来の刃付け屋を見事獲得したのです。
清水 これまで採用は完全に「受け身」の状態でした。それをこちらから発信して、興味を持つ人に届き、採用につなげられたのはかなり大きいと思います。
ーー YouTubeチャンネルを『刃付け屋』と名付けたのには、こんな清水さんの想いがありました。
清水 刃付け屋という素晴らしい職業を多くの人に知って欲しかったんです。職業を代表したような名前にしたことは、恐れ多い部分もありましたが、これで業界の認知度が少しでも上がって、盛り上がってくれたらと思っています。
動画で人材を採用できた理由
⚫︎ 庖丁関係の仕事をしたいと思っている人に動画が届いた
⚫︎ 庖丁職人で動画を投稿している人が少なく、ブルーオーシャンだったところに目をつけた
YouTubeは時間ナシ、設備ナシ、お金ナシでも始められる!
ーー お仕事が忙しい中で、どのように動画配信をされているのでしょうか。
清水 作業できる職人が僕含め2人しかいない中で、撮影以外の作業は就業時間以外で確保する必要がありました。19時に帰宅して、そこから家事や育児を夫婦でこなし、21時に子どもを寝かしつけるまで自分の時間はありません。そのまま寝落ちしてしまうこともしばしば。そこで、子どもを寝かしつけながら作業できるように、スマホで全ての作業が完結するようにしたんです。成果につながるか分からない動画活用に、撮影機材や編集ツールなどの大きな投資はできませんから。その点でもスマホ1台でスタートというのは良かったと思います。
ーー 撮影から編集、サムネイル作り、テロップ作り、動画のアップロードまで、全てiPhone1台でこなしている清水さん。必要経費は、スマホ専用の編集アプリで1,000円のみ。費用対効果は抜群です。
清水 育児と家事の合間に片手間でもできるのはありがたいです。どんなに忙しくても、機材や設備は最低限でも始められるのがYouTubeの良いところだと思います。YouTubeはまずは始めることです。僕も最初は手探りでした。テロップもないし、サムネイルも全然魅力的じゃない。でも、続けて色々わかってきました。試行錯誤する中で視聴者数が少しずつ増えて、会社に問合せも増えたんです。色々反応が返ってくるから楽しくなって、さらに勉強するようになりました。
ビジネスYouTubeのメリット
⚫︎ 設備も時間も費用がなくても始められる
⚫︎ 片手間でもできるから続けられる
思い描いた以上の効果に
ーー 動画活用の第一目的であった「採用」を見事に達成した他にも、動画配信は様々な効果を発揮したといいます。
清水 僕の動画を見た人たちから庖丁の修理の依頼が殺到したんです。突然、工場に来られる人もいて。そんなことこれまで一度もなかったので、動画の発信力には驚きました。
※現在、山脇刃物製作所は修理の受付はしていません。
訪問する際には、事前にご連絡をお願いいたします。
ーー オンラインストアの売上にも変化がありました。
清水 僕は週末に動画をアップすることが多いのですが、月曜日に出社したら営業部長が「アクセス数が4倍になった!」って興奮していて(笑)。売上に貢献できたことももちろん嬉しいのですが、僕らのようなBtoBの事業者にとって、BtoCへの突破口が開けたことが、すごく大きいと思っています。
ーー 素晴らしい成果の裏に、視聴者に動画を見てもらうための工夫がありました。
清水 僕の動画は、基本、庖丁を研ぐものばかりで、同じような動画になりがちなので、視聴者に興味を引いてもらうようなサムネイルづくりが非常に重要です。それから視聴者に途中で離脱されないように、動画に変化をつけることで、飽きさせない工夫も欠かせません。尺が長いものから、ショートバージョンを作ってみたり、視聴者が支持してくれるのはどんな動画かを常に模索しています。僕の動画の視聴者は、25歳〜65歳くらいの男性なので、その人たちの生活スタイルを想像しながら投稿時間も決めています。どれも正解はないので、とにかく色々試して、視聴者の反応を見て、それに応えていくしかないんです。
ーー また、動画配信をするようになって清水さん個人の成長にもつながっています。
清水 YouTubeは自分がやりたいことをやっても結果は生まれないんです。完全に視聴者目線でなくてはダメ。視聴者は誰で、彼らが何を求めているか、そのためにはどんなアクションが必要なのか。動画を配信するようになってから、そういうマーケティングの視点に興味が湧いて、色々勉強しています。
ーー 忙しい毎日の中で、通勤の時間を利用してビジネス系の動画を見たり、空いた時間にビジネス書を読んだりと、インプットする時間も欠かせないといいます。そのインプットした情報を発信する媒体はYouTubeだけではありません。インスタグラムやツイッター、アメブロやnoteなど、それぞれの媒体の特徴を活かし、最適なコンテンツを発信し成果につなげています。
視聴者に選んでもらい、見てもらうために
⚫︎ 見つけてもらい、選んでもらうためには、サムネイルがとても大事
⚫︎ 動画に変化をつけて飽きられない工夫を
⚫︎ 全てにおいて視聴者目線で考える
⚫︎ マーケティングを勉強しよう
YouTube以外のSNS活用術
清水 インスタグラムは、外国人向けに商品を動画や画像で紹介しています。これもかなりの問合せがありました。YouTubeは外国人には届きにくいこともあり、インスタグラムを活用することにしたんです。
ーー 清水さんが管理人を務めるプライベートのFacebookコミュニティ『刃物サロン』についても教えてください。2021年の1月に開設され、わずか半年で1,100人以上のメンバーが参加されています。このコミュニティはどういったものなんでしょうか。
清水 YouTubeって僕と視聴者や、視聴者同士の関わりがめちゃくちゃ薄いんです。つながれる手段はコメント欄だけ。名前もニックネームで誰かもよくわかりません。YouTubeの登録者数が増えてきた頃、視聴者さんとの結びつきをもう少し強くできないかと思って始めたのがFacebookグループです。非公開にしたことで、参加者の帰属感や承認欲求が満たされやすくなっているのが、参加者数が増えている理由だと思います。開設当初は、僕が頻繁に更新していましたが、今は参加者の方たちで盛り上がっています。今後、新人の子が育ってきたら、ここで修理なんかも受け付けられたらなと思っています。あと、うちは問屋なので、すごい質は高いけどほんの少しだけ傷がついていて小売店に卸せないB級品みたいなものが結構出るんですね。将来的に、そういう商品もここで売りたいなと考えているところです。
SNS活用のすすめ
⚫︎ 各媒体で、最適なコンテンツを発信する
⚫︎ 非公開のFacebookグループを活用し、YouTubeではできない密なコミュニケーションやつながりを作る
中小企業における社内YouTuberの意義
ーー YouTubeを活用している小規模事業者や中小企業は年々増加する中で、成功に至ったケースはまだまだ少ない。山脇刃物製作所は稀有な存在だと思います。中小企業がYouTubeや動画活用を始めるにあたって、何かアドバイスはありますか?
清水 僕の場合は、会社の看板や製品を動画で扱ってはいるけど、個人のアカウントで運用し、撮影以外は就業時間外に作業をしています。もちろん、その時間に給料は出ません。プライベートな時間を削らなくてはいけないけど、業務ではないからこそ、自分のペースで、自由に発信できるというメリットがあります。これが会社の命令で「いつまでに何本の動画をこんな趣旨で」とか言われたら、同じような動画は作れないと思います。誰かに与えられた仕事となると、途端に主体性が失われます。それに、企業の趣旨やルールなどに縛られると、コンテンツが面白くなくなって、よくあるPR動画に陥りがち。そう考えると、今の形は理想の形に近いです。
ーー 清水さんが思う動画活用の理想の社内体制とはどのような形でしょうか。
清水 企業の規模感によっても変わってくるとは思いますが、理想は、社員個人がYouTuberとなり、企業のブランディングをしながら、個人の価値や認知度をあげ、お互いにメリットのある形を作ることだと思っています。視聴者は、普段見られないものを見たいので、無名の個人が発信するよりも、企業にいる個人が自社の製品やサービス、仕事風景なんかを発信する方が、情報の価値は上がるんです。
ーー 最後に、これから動画活用を始めたいと思われている事業者さんへメッセージをお願いします。
清水 年配の上層部には理解し難い部分もあるかもしれません。実際、弊社でも「動画はよくわからない」と思っている人が大半だと思います。なので、上司を説得する時間があるなら、とにかく始めてはどうでしょう。事後報告でもいいじゃないですか(笑)。動画・SNS活用は会社の成長に欠かせないものだと思います。
ーー 個人が企業の看板や製品の情報を発信し、それが売上やブランディングの観点から企業の成長につながる。また、それだけでなく、社員自身もインフルエンサーとして発信力を高めていく。そんな社内YouTuberの活用方法が今後主流になっていくかもしれません。
次世代を担う刃付け屋が、技術を承継するだけにとどまらず、業界の発展を牽引するのを楽しみにしています。
企業情報:
山脇刃物製作所
所在地:大阪府堺市堺区宿屋町西1-2-21
電話:072-228-3335
企業HP:https://www.yamawaki-hamono.co.jp
オンラインストア
直販ショップページ :(PC向け)
STORESショップページ :(PC/スマートフォン対応)
https://yamawaki-hamono.stores.jp
YouTubeチャンネル『刃付け屋』 https://m.youtube.com/user/Msaya4306
刃付け工場 https://youtu.be/jDcYS2Y9TA8
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