53分のPR動画に込めた想い 阿見町広報戦略室の挑戦

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とある町のPR動画が注目を集めています。PR動画でありながら長さはなんと53分。制作したのは国内有数の海軍の町として歴史を歩んだ茨城県稲敷郡阿見町です。「町を知って欲しい」という目的の他に、戦争の記憶や継承を願って「海軍飛行予科練習生」を描いたドラマ「若鷲に憧れて〜元予科練生の回顧録~」を2021年8月に公開。一気に物語に引き込まれます。全国の自治体の先行事例となりうる取り組みを阿見町広報戦略室 室長の山﨑洋明(やまざきひろあき)さんと山本 英宏(やまもとひでひろ)さんに話を聞きました。

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「海軍飛行予科練習生(予科練生、よかれんせい)」とは

 

第二次世界大戦まで存在した、日本海軍のパイロット候補生たち。戦争における戦闘機の重要性が増す中、日本の海軍が熟練の搭乗員を育てるために14歳から17歳の少年を全国から選抜し育成した。昭和5年から終戦時までの15年間で24万人が入隊し、戦没者は1万9千人に及ぶ。

 

阿見町は大正時代末期に「東洋一の航空基地」といわれた霞ヶ浦海軍航空隊が設置されて以来、昭和14年には飛行予科練習部が神奈川県横須賀から移転、翌年には予科練教育を専門に行う土浦海軍航空隊が設置され、終戦まで予科練教育・訓練の中心的な役割を担うこととなった。「若鷲に憧れて〜元予科練生の回顧録~」に登場した元予科練生の戸張礼記(とはりれいき)さん(92)は、終戦の前年である昭和19年に土浦海軍航空隊に予科練生として入隊。戸張さんは現在、予科練平和記念館歴史調査委員で戦争体験の語り部としても活動しています。

 

※本作は、戸張さんの経験談を元に制作したものであり、予科練全体の歴史を表現しているものではありません。

「海軍の町」が選んだ“埋もれない”シティプロモーション施策

「予科練に憧れやってきたのは、14歳半から17歳くらいの少年たち。

大空への夢を描いて、入隊してきたのです」

 

動画の冒頭。予科練生が訓練をしている白黒映像とともに紹介されたこのナレーションに、グッと引き込まれました。

 

阿見町が2021年8月に公開した動画「若鷲に憧れて〜元予科練生の回顧録~」は52分40秒の長編ドラマです。戦争末期に予科練生となった戸張礼記さん(92)の経験談を基に製作し、映画監督の松村克弥さんが監督・脚本を務め、俳優の石井正則さんが出演するなど、映画さながらのドラマが完成しました。

 

予科練平和記念館を訪れた石井さん(本人)がタイムスリップをし、若かりし頃の戸張さん(演・藤大道さん)と出会うという設定で、戸張さんが予科練生の厳しい訓練や授業の様子、戦争の悲惨さを振り返るストーリーです。当時の映像や、予科練生募集の宣伝を依頼された写真家の土門拳さん(1909~90年)の作品を織り交ぜながら、平和の尊さを描いています。公開から2ヶ月で再生回数は9000回と、予想以上に伸びていると言います。また今後、町内の小中学校の郷土史学習の教材として活用予定とのことで、動画への期待の高さもうかがえます。

若鷲に憧れて ~元予科練生の回顧録~

編集部(以下、−−) 自治体のPR動画といえば、美しい風景や地元の特産物を紹介するものが一般的です。今回なぜ、この動画を制作するに至ったのでしょうか。

 

山本さん(以下、敬称略) 阿見町のシティプロモーション強化を目的に、2020年4月に広報戦略室が新設されました。シティプロモーションの主な目的の一つは交流人口、つまり町を訪れる人を増やすことです。

 

その最初のステップが、町のことを知ってもらうことです。町に関心を持つ人を増やし、そこから訪問に繋げます。そのために、広報戦略室発足当初から動画の活用を考えていました。ただ、景色や特産物を紹介する程度では、他と差別化するのは難しい。話題性があり、埋もれないコンテンツは何かを考えた末に、国内有数の海軍の町であったという阿見町の歴史にスポットを当てることにしました。

 

山﨑室長(以下、敬称略) この町の最大の特徴は長く海軍の町としての歴史を歩み、忘れることのできない多くの事柄を風土と歴史の中に刻み込んでいること、そして全国19か所で行われていた予科練教育の中心的な役割を担ってきた点です。まずはそのことを知ってもらう。予科練の歴史を後世に伝えることもできます。それを後々の交流人口の増加に繋げていければと思っています。

 

−− なぜ、ドラマにしたのでしょうか。

 

山本 戦争や平和を語る場合、ドキュメンタリーにすると、特定の人の主観が強くなってしまいます。でも、再現ドラマだと主人公の思いや考え、その時代や情景などを通じて、戦争の悲惨さや平和の尊さを、客観的に表現することができると思ったんです。また、ドラマとは別に37分のドキュメンタリーも製作しました。ドキュメンタリー編では、案内人の石井さんが現在の阿見町をめぐっています。史跡をめぐる中で、町の歴史について知っていただくだけではなく、町の雰囲気や美しい桜の景色も楽しんでいただけると思います。

 

−− ドラマ編では過去を、ドキュメンタリーでは現在を紹介することで、現在の町のPR動画としての役割も果たすことができるんですね。撮影中、何か印象に残っているエピソードはありますか?

 

山﨑 阿見町にただ一つ残った有蓋掩体壕(ゆうがいえんたいごう)※の撮影の際、取材する方の親族やお知り合いが10人以上いらしていたんです。その中に、戦後その有蓋掩体壕に住まわれていた方がいて、偶然お話を聞くことができて、ドキュメンタリーにも収めることができました。当時を知る方々の証言をいつまでも残していきたいと感じましたね。

 

※有蓋掩体壕とは、飛行機用の防空壕のこと

https://www.youtube.com/watch?v=gmvllk0rpq8

あえて53分の長編動画で公開した理由

−− 完成までどのような苦労がありましたか?

 

山本 広報戦略室が発足してから準備に入り、プロジェクトが本格的に動き出したのは2020年12月でした。当初は1月、2月で撮影をし、3月に完成する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大でスケジュールの変更を余儀なくされたんです。

 

−− 関係者が大勢いる中、この変更は大変な思いをされたのではないですか?

 

山本 はい。ロケ地の変更や関係各所への連絡や調整には苦労しましたね。結局3月から5月上旬に撮影をし、6月に完成となりました。

 

−− 予算感はどれほどでしょうか。

 

山﨑 新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金の約700万円で製作しました。今回制作いただいた松村監督は過去に茨城県を題材にした映画「天心」や「サクラ花~桜花最期の特攻~」、「ある町の高い煙突」を手掛けられ、そのうちの「サクラ花」の撮影で阿見町がロケ地であったというご縁があり、お願いをしました。監督自身もいつか予科練をテーマに作品を作りたいという想いがあったとのことで、ご協力いただけたと思います。

 

山本 シーンの多くが予科練平和記念館で撮影したのですが、館内の展示品は固定されていて移動ができなかったり、色々と制限がありました。そういった限られた資源や場所の中で、暗幕を使ったり、スクリーンに映像をうつしたり、その都度さまざまな工夫をされて手探りで作ってくださいました。

 

−− 完成した作品を見ていかがでしたか?

 

山﨑 素晴らしい出来栄えと思いましたね。ただ、当初は30分程度の動画にするつもりだったんです。完成したものは約53分だったので、短くするべきか悩みました。でも、どのシーンも重要でカットできない。だったら二部に分けようか、とも考えましたが、それもできなかった。試写の時、私たちは、作品の世界観に入り込んで、長さは感じませんでした。作品への没入感を壊したくなかったんです。

 

山本 YouTubeのアナリティクスを見ると、冒頭だけみて離脱する人も確かに一定数います。ただ、最初の3分間を見た人は、そのまま見てくれる傾向にあるので、これでよかったと思っています。俳優の石井正則さんが、霞ヶ浦(かすみがうら)湖畔のサイクリングロードをゆっくりと走り予科練平和記念館に向かうシーンが冒頭にあるのですが、著名な俳優さんが出演していることで、見るモチベーションが上がったのかもしれません。

 

山﨑 戸張さんが言うように、長い間、予科練は学校では教えてこなかったということです。阿見町では平成22年2月に予科練平和記念館が開設され、町内の小中学生や近隣の高校生など多くの児童生徒が見学に訪れるようになりました。この動画が郷土史学習の教材として役割を果たしてくれたら本当に嬉しいと思っています。若い世代に伝え続けることも、この動画制作の目的の一つでしたから。

動画DVDに700件以上の応募が殺到!

−− 地元の方の反響はいかがですか?

 

山本 本来であれば、撮影の段階から地元の方を巻き込んで盛り上げるべきなのでしょうが、コロナ禍でこっそり撮影するしかありませんでした。期待とともに不安もありましたが、YouTube公開と同時にDVDも製作しプレゼント企画を実施したところ、町内外から700件以上の応募があったんです。私たちが想定していた以上にスマートフォンやパソコンで動画を見られない方が多かったことが分かりました。広報戦略室が無料で発送したのですが、DVDを受け取った方々から感謝の声をたくさんいただきました。特に年配の方々からのご応募が非常に多くて、YouTubeでの公開だけでは届かなかった層に見て頂くことが出来て本当に嬉しく感じています。

 

−− この動画は、全国の小中学生に見てもらいたいですね。また、記念館や博物館もこういった動画を活用してほしいです。動画を見た後に記念館を訪れるのと、そうでないのとでは、学びの深さが全く違うと思います。

 

山本 そうですね。しかし、記念館のすべてをこの動画で表現できているわけではありません。歴史のすべてを語ることは出来ませんからね。ただ、少しでも阿見町を知ってもらい、訪れてもらうきっかけになればと考えています。そのためには、町外への発信は私たちにとって大きな課題です。この動画も一つのきっかけですし、今後は「あみ観光協会」とも協力しあい、この地に足を運んでいただく人を増やしていかなくてはいけません。また、若い人たちに届けるためにもTwitterなどのSNS活用を強化し、YouTubeの再生回数も伸ばさなくてはいけませんね。やることはたくさんあります。頑張ります!

 

−− 阿見町の取り組みが、全国の自治体のロールモデルになることを期待しています。

 

 

阿見町ホームページ

 

茨城県阿見町 公式YouTubeチャンネル 

 

あみ観光協会公式チャンネル