動画活用で漁業の未来に希望の光を。絶望の中で生まれた「希望を見つける」プロジェクト

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三重県伊勢志摩国立公園の南端、リアス式の入りくんだ豊かな漁場に恵まれた小さな漁村 阿曽浦で真鯛の養殖をする友栄水産3代目の橋本純さん。月に2万匹の特大真鯛を生きたまま観光施設や飲食店に卸しています。2020年4月、新型コロナウイルス感染拡大の影響で緊急事態宣言が発令され、数万匹の真鯛の注文がキャンセルに。窮地の中、橋本さんが始めたのが「 5670(コロナゼロ)プロジェクト」。あえて丸々一匹の真鯛を消費者に届け、自分たちで捌いて食べてもらおうというものです。そこに、「捌き方教室」というオンライン体験をセットで販売しています。このプロジェクトで得た財産とは何か?橋本さんをはじめ、養殖業者に希望の光は取り戻せたのか?プロジェクトの全容を紹介します。

プロフィール写真

橋本純(はしもと・じゅん)

三重県南伊勢町阿曽浦生まれ。

友栄水産 三代目。

大阪の大学で建築を学び、卒業後は世界中を放浪する。久しぶりに帰った故郷の寂れた姿に危機感を持ち、Uターンを決意。現在、真鯛を養殖し、年間21万匹の真鯛を出荷している。また、小型定置網を使った漁師体験や、鯛が回遊する生簀の中で泳いでもらい命の尊さを伝える「漁師のいるゲストハウス まるきんまる」を運営。

コロナで行き場をなくした21万匹の伊勢真鯛

編集部(以下、ーー) 三重県南伊勢町阿曽浦町は、養殖業が盛んで、中でも真鯛の養殖は一大産業です。この地で3代に渡って真鯛の養殖業を営む友栄水産の橋本純さんは、月に2万匹の真鯛を観光施設や飲食店に生きたまま出荷しています。

しかし、2020年4月の緊急事態宣言発令により、全ての出荷がキャンセルに。養殖の真鯛は出荷サイズが決まっており、機を逃せば売り物になりません。また、生簀(いけす)にいる真鯛を出荷しなければ稚魚を生簀に入れられず、2年後にも影響が出てしまう。約21万匹の真鯛が突如行き場を無くしたのです。

 

橋本さん(以下、敬称略) 僕たちの仕事は、命を育て、人の口へ運ぶ仕事です。しかし、コロナの影響で私たちは真鯛を出荷できなくなった。売上が無くなったことも勿論大変でしたが、それ以上に辛かったのは、自分たちの仕事は世の中に必要とされていないんじゃないか、これまで頑張ってやってきたことは意味がない事だったのかって、そもそもの希望をなくしかけていました

 

ーー 自分たちの仕事の意義をもう一度確認するため、希望を取り戻すために、橋本さんは立ち上がります。こうして生まれた「 5670(コロナゼロ)プロジェクト」には3つの希望が込められました。

 

橋本 一つは「自分たちは社会に必要な仕事をやっているんだ」という希望を取り戻すこと。私たち養殖業は自然の恵みの力を借りて命を育て、それを販売する仕事です。ただ商品として真鯛を販売するだけでなく、私たちは「生かされている存在」であること。そして、「命と生きる」というメッセージを消費者に伝えることも大切な仕事だと感じていました。そんな思いから、一般の消費者へ真鯛を丸ごと1匹届けることで「命をいただく」体験を提供することにしたんです。それが一匹でも誰かに届いたら、自分たちにとって希望の光になるかもしれない、と。

 

ーー 橋本さんは、生産者が直接販売するプラットフォームである「ポケットマルシェ」を使い、真鯛丸ごと一匹にライブの「オンライン捌き方教室」をセット販売することに。これが思いがけない大ヒットとなったのです。

 

橋本 よく言われたのが「5670(コロナゼロ)プロジェクトって、要はオンラインで5,670匹の真鯛を売ろうというプロジェクトなんですよね?」ということ。でも、そんなんじゃないんです。毎月2万匹の真鯛を出荷していた私たちからしたら、5,670匹が売れたからといって、それで何かが解決するワケじゃない。そうじゃなくてコロナで完全に止まってしまった世の中を、ほんの僅かでもいいから動かしたかった。そこに2つ目の希望を込めたんです。コロナによる閉塞感の中で、僕たち養殖業の人間も、真鯛を食べてくれる消費者の方も、「新しいことに挑戦する機会」を通して色々な希望が生まれて欲しいと

 

ーー そして、プロジェクトに込めた3つ目の希望はコロナの終息です。こうして橋本さんの希望の光を見つける「5670(コロナゼロ)プロジェクト」が始動します。

「5670(コロナゼロ)プロジェクト」紹介動画

 

【5670(コロナゼロ)プロジェクト】に込めた3つの希望

⚫︎ 自分たちの仕事の意義をもう一度取り戻し、希望の光を見つけること

⚫︎ 「命をいただく」と言うことを通じて、コロナで止まった社会を少しでも動かすこと

⚫︎ コロナの終息を願うこと

「オンライン捌き方教室」はこうして生まれた

橋本 真鯛を売り切ることが目的じゃなく、消費者の皆さんに「命を扱う・いただくことの大切さ」を実感してもらうことが第一です。適正価格でないと意味がありません。安売りは絶対にしないと決めていました。

 

ーー 商品名は「人が食すために育てあげた 特大真鯛(オンライン教室付き)」。内臓ウロコ処理をしたものを4,298円で販売。真鯛を買った人は、Zoomによるオンライン捌き教室に招待されます。参加人数は上限20人。予習するもよし、リアルタイムで捌いてもよし、復習するもよし。真鯛の捌き方を漁師直々に丁寧に教える1時間半の教室です。

 

橋本 週に2回、午前と午後に開催しました。当時は忙しすぎて、参加者や開催数などを集計する時間もなくて、細かい数字はわかりません。でも、あの短期間で本当にたくさんの人に直接想いを伝えられ、実際に捌いてもらったことは、僕たちにとって素晴らしい体験になりました。

 

ーー 捌き方教室をオンライン化する際は、どのようなことに苦労しましたか?

 

橋本 僕たちは漁業体験のサービスを20年くらい前から提供しています。船で海へ出て小型定置網を使った漁師体験をしてもらったり、夏には真鯛の生簀にダイブして命の圧を感じてもらったり。漁村の暮らしを通じて、命について学んでもらいたいと3年前からゲストハウスも始めました。その中で、魚の捌き体験はずっと提供してきたので、教えるノウハウは既にあったんです。ただ、これが一般の人に“ウケるか”は未知数でした。でも、コロナで休校になって暇をしていたうちの息子に捌き方を教えたら小学生でも3日くらいでものにしたんです。YouTubeでも魚の捌き方のコンテンツは人気ですよね。まずはやってみようと、挑戦することにしました。

 

ーー 地元三重県のウェブ媒体『オトナミエ』の協力の下、「オンライン捌き教室」のお試し版を数回開催し手応えを感じた橋本さん。ポケットマルシェで「 5670(コロナゼロ)プロジェクト」が始まると、その反響は凄まじく2ヶ月で目標を達成。その後も売れ続け、結果、6,300匹の真鯛が4,300家族に届きました

 

橋本 コロナでステイホームを余儀なくされて、皆、何かチャレンジを欲していたタイミングだったんだと思います。

 

ーー そこに、コロナ禍で困っている養殖業者を助けるという一連の体験がつくことで、多くの人の心を動かします。メディア露出も増えたことで情報がさらに拡散され、大きなムーブメントとなったのです。

【5670(コロナゼロ)プロジェクト】誕生まで

⚫︎ 「命の大切さ」や養殖業の今を伝えるために、安売りは絶対にしない

⚫︎ 1時間半のオンライン捌き教室を真鯛とセットで販売

⚫︎ これまでリアルで得た経験や知見をオンライン化

⚫︎ コロナ禍における消費者の潜在的な需要に応えた

⚫︎ 売る方法、売る場所、売るツールを変えたことで伝えたいメッセージを届けられた

「オンライン捌き方教室」の人気の秘密

ーー 重さ約2キロ、全長40〜50cmの真鯛を実際に受け取れば、これを本当に自分で捌くことができるのか不安になります。その不安を一掃し、楽しく、食べることへの期待が膨らむ素晴らしい時間を作るのが橋本さんの「オンライン捌き方教室」です。「命をいただき 命をつなげる」というプロジェクトの趣旨を橋本さんから参加者に伝えることから始まり、ウロコの取り方、内臓の取り方、頭の切り落とし方、三枚に下ろす方法を丁寧に実演します。さらには、皮の綺麗な剥ぎ方や、冷蔵庫での貯蔵の仕方まで、1時間半かけて橋本さんが手取り足取り教えます。

真鯛の捌き方を手取り足取り教えてくれる「真鯛捌き方教室」

橋本 ウロコを取る時は大きな袋に真鯛を入れて作業するといいとか、ウロコ取りがないときはスプーンで代用できるとか、僕たちには当たり前のことでも、一般的に知られていない情報が喜ばれました。ウロコは捨てずに素揚げしておつまみにするなど、漁師ならではの食べ方とかね(笑)。魚は部位によって味が違うことや、真鯛が丸ごと一匹あることでのいろいろな楽しみ方を伝えられたかな、と思います。

 

ーー その他にも橋本さんは百円ショップで売っている包丁を使って真鯛を捌くなど、一般消費者にも「できる」と思わせる工夫をしたと言います。また、内臓の食べ方や骨の活用の仕方や、身の保存方法を伝えるなど、命の大切さも伝えます。

 

橋本 気をつけなくてはいけないのは怪我。リアルだったらその人の癖がすぐわかるから、事故を事前に防げるし、万一怪我したとしても、その場で応急処置ができます。でもオンラインだとどうしようもない。そこで、妻にモニターを監視してもらって、参加者の誰が遅れているとか、ここでちょっと休憩入れてとか、参加者が焦らないように進行をサポートしてもらいました。

 

ーー 受注や出荷作業で多忙な中でも、参加者の怪我や事故を防ぐために、必ず二人体制にしたと言います。その甲斐あって、事故や怪我の報告は今のところありません。この捌き方教室で捌けるようになり、何度も購入してくれた人も。また、このプロジェクトを通じて「まるきんまる」を知り、橋本さんが運営する漁業体験に県外から訪れた人もいたそうです。

 

【5670(コロナゼロ)プロジェクト】の人気の理由

⚫︎ 真鯛を捌く包丁に百円ショップで売っている包丁を使うなど、誰でも「できる」と思ってもらえるように様々な工夫をした

⚫︎ 内臓や骨など、一般では食材になりにくい部分の「漁師ならでは」の調理法を紹介した

⚫︎ 参加者の安全面を考慮し、教える役とモニターで参加者の状況をモニターする役の二人体制でオンライン教室を開催した

全国から届く「ありがとう」の声 新たな仲間 未来の希望

ーー 「 5670(コロナゼロ)プロジェクト」を通じて、橋本さんは見事、未来への希望を見つけたのです。

 

橋本 全国から、たくさんの「ありがとう」や「ご馳走さま」をいただきました。印象に残っているのは、「部屋に引きこもってゲーム三昧だった息子が、真鯛が届いたら部屋から出てきて久しぶりに家族みんなで食卓を囲み、賑やかな夕食でした」と言ってもらえたこと。コロナで会えない両親にプレゼントしてくれた人もたくさんいました。家族のつながりに少しでもお役に立てたのなら、こんなに嬉しいことはありません。また、お食い初めの写真もたくさん送られてきました。僕たちの真鯛が一生の思い出になるなんて本当に光栄です。お食い初めという日本古来の文化もそうですし、一匹の魚を捌いて家族でいただくという昭和の食卓では当たり前だった食文化を、このプロジェクトをきっかけに、もう一度届けることができたこともとても嬉しかったですね。

 

ーー また、企業からのオンライン捌き方教室の依頼も増えているそうです。

 

橋本 社員旅行やイベントが軒並みキャンセルになる中、在宅ワークでもみんなで参加できる社内行事としてお声がかかったんです。企業の場合は、一度に50人以上が参加することもあります。僕が漁業体験サービスの中でリアルで教えられる捌き方教室は、年間1,000人が限界です。でも今回、2ヶ月で4,300人に教えることができた。今後、このご縁をどうつなげていくかを今、考えています。

 

ーー さらに、「5670(コロナゼロ)プロジェクト」で友栄水産が注目されたことで、友栄水産の想いや取り組みに共感した若者3人が昨年入社しました。漁業や養殖業においても担い手の人口が減少し、4割が65歳以上という超高齢化の中で、一気に3人というのは驚きです。

 

橋本 若手の育成は何よりも大事。この素晴らしい仕事を伝えるために、情報発信は必要不可欠です。

 

ーー 橋本さんは今年、HPをリニューアルし「5670(コロナゼロ)プロジェクト」はもちろん、漁師体験や、友栄水産の紹介などを動画でわかりやすく紹介しています。また、YouTubeチャンネルも開設し、調理師免許を持つ奥様がレシピを紹介するなど新たなチャレンジも始めました。

友栄水産の紹介動画

ーー 最後に、これから動画活用を始めたいと思っている事業者さんにメッセージをお願いします。

 

橋本 僕たちのような養殖業でB to Cに売ることは、時間や労力の観点から考えると負担は大きいです。でも、情報のB to Cは絶対に必要です。どの会社にも「伝えたいこと」があるはず。そのためのツールは使いこなすべきだと思います。僕は今、大学院に通いイノベーション学で修士課程を取ろうとしています。漁師として培った現場力や第六感だけでなく、アカデミックな側面からも説得力を持ち、情報発信し、養殖業、漁業の発展に貢献できればと思っています。

 

ーー 橋本さんは、漁師の家で育ち、世界を放浪し、ハワイでイルカと一緒に泳ぐセラピーをするなど、常に自然の畏怖や美しさ、命の大切さと向き合ってきました。そこが橋本さんの原点なのかもしれません。常に学び、困難に立ち向かう橋本さんの未来のチャレンジが楽しみです。

【5670(コロナゼロ)プロジェクト】の功績

⚫︎ 2ヶ月で5,670匹を売り切り、最終的に6,300匹の真鯛を消費者に出荷した

⚫︎ 4,300家族に「命をいただく」体験を提供

⚫︎ 企業から「オンライン捌き教室」の依頼をはじめ新しい仕事が生まれた

⚫︎ 3人の新入社員が友栄水産に入社

⚫︎ 未来への希望の光

 

元エンタメ業界のプロである「よむどー」編集長 緒方による裏解説動画も公開中!

一次産業の方 必見! コト消費・トキ消費×動画活用 発想転換のコツ 前編(友栄水産)
一次産業の方 必見! コト消費・トキ消費×動画活用 発想転換のコツ 後編(友栄水産)

取材者情報:

 

有限会社 友栄水産

三重県度会郡南伊勢町阿曽浦345

公式ウェブサイト: https://yuuei.co.jp/

 

ショッピングサイト:

https://poke-m.com/producers/66410

 

漁師のいるゲストハウス まるきんまる

https://marukinmaru.com/index.html

 

YouTubeチャンネル

https://www.youtube.com/channel/UCUXN0GEQaxEZhH9Y9CHzzbw